Friday, May 18, 2007

アジアの中の日本⑦

二千年みすえた関係を 温家宝首相 訪日の意味















葉桜の残る都内のホテルで行われた温家宝中国首相の歓迎レセプション。厳重な警備のため、1時間以上も前に到着、立錐(りっすい)の余地もない会場の片隅で、温首相や安倍晋三首相のあいさつを聞きながら、日中関係が「氷の時代」だったこの5,6年を考えた。昨年の就任直後の安倍首相訪中が「氷を割る旅」で、今回の訪日は「氷を溶かす旅」と温首相は力説した。両国間に横たわる氷は簡単に溶けるほど薄いものではない。不信感を取り除くには、さらなる時間と不断の努力が必要だ。

訪日の最大の成果は温首相の国会演説であった。内容の受け止め方はさまざまだろうが、中国が対日政策の転換に踏み切ったと感じさせるものだった。なによりも意義深いのは、この演説が香港を含む中国全土で生中継されたことである。中国国民が「政府は対日姿勢を転換した」と感じることの意味は大きい。ときどき訪れる各国首脳の国会での演説を聴くたびに思う。今回も同じ印象だが、彼我の演説のレベルの差、すなわち演説の書き手の能力の差を感じないわけにはいかない。

国会演説で温首相は日中間交流のために活躍した歴史的人物について言及した。その中で遣唐使の代表的人物、阿倍(安倍×)仲麻呂について「中国で数十年間暮らし、唐王朝の要職につき、王維(い)、李白(りはく)など著名な詩人たちと親交を深めました」と述べた。日中関係史で常に美談として語られる遣唐使も、双方の内部事情などでしだいに政治的意味合いから経済的な目的に変化していく。

とりわけ原道真(みちざね)を中心にした日本国内の政争の具に使われ、道真は遣唐使の廃止を進言する。ことほどさように中国問題では、いつの時代も国内を二分する論争に発展することが多いのである。「パリの周恩来」などの優れた著書がある外交官出身の小倉和夫氏の指摘は鋭い。

「日本の外交は千年以上も前から、朝鮮や中国を相手に行われてきたはずである。近代国際法に基づく、『西洋的』外交だけが果たして外交であろうか。古代から中世にかけての中華の秩序の中での日本外交の歩みは、ある意味で、現代と同じ『国際秩序』への日本の対応の問題ではなかったのか。21世紀の中国に力と影を考える時、もう一遍我々は、日本『外交』の原点に立ち返って考えてみる必要はないのか」(「中国の威信 日本の矜持:きょうじ」)

小倉氏は日本と中国が同盟関係だったことはないと指摘し、さりとて常に潜在的脅威だったかといえば必ずしもそうではない、と言及している。中国的秩序の中ではなく周辺にいる日本を時にいらだたしく思う中国、一方で時の権力者が正当化するために中国を利用してきた歴史。近代を振り返るばかりでは見えてこないものがある。よく言われることではあるが、現代史を丁寧に教えないわが国では、日本とアジア諸国、とくに中国との間で何が起こったのかをほとんど知らない人が多い。歴史的無知は若い世代に限らない。「痛みを忘れない」というアジアの人々と、知識すら持たない人が多いわが国との相互不信は、時間軸だけでは解決しない。=以下略
(4月16日 日経新聞 客員コラムニスト 田勢康弘氏)

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