Friday, April 27, 2007

鎌倉新仏教②~浄土真宗

浄土真宗(じょうどしんしゅう)は、鎌倉時代初期、法然(ほうねん)の弟子親鸞(しんらん:1173~1262)が、法然の教え(浄土宗)を継承発展させ、後に教団として自立した仏教の日本独自の宗派。宗派名の成り立ちの歴史的経緯から、現在、同宗に属する宗派の多くが宗派名としては真宗を名乗る。一向宗(いっこうしゅう)、門徒宗(もんとしゅう)とも通称される。本尊は阿弥陀如来一仏。所依の経典は浄土三部経(仏説無量寿経・仏説観無量寿経・仏説阿弥陀経)。歴史的経緯により、現在、真宗教団連合加盟の10派ほか諸派に分かれているが、宗全体としては、わが国の仏教諸宗中、最も多くの寺院(約22,000ヶ寺)・信徒を擁(よう)する。

念仏(南無阿弥陀仏、なむあみだぶつ、なもあみだぶつ(本願寺派))を唱えること(称名念仏)を通して、阿弥陀如来の慈悲を信知せしめられ、悪人を含む全ての人が浄土(じょうど)へ往生(おうじょう)し成仏(じょうぶつ)するという絶対他力への信順を往生成仏の正因とする。ここから、今この時にも阿弥陀如来の本願力は私たちに回向(えこう)されていて、救われている(現生正定聚:げんしょうしょうじょうじゅ)とする。この根拠が、無量寿経(むりょうじゅきょう)に説かれる阿弥陀如来の四十八願(しじゅうはちがん)、殊(こと)にそのうちの「王本願」といわれる第十八願(選択本願)である。ちなみに阿弥陀如来は、西方極楽浄土を仏国土とする仏である。

親鸞は、インドの竜樹(りゅうじゅ)・天親(てんじん→世親(せしん))から中国の曇鸞(どんらん)・道綽(どうしゃく)・善導を経て、日本の源信(恵心僧都:僧侶)・源空(法然)へと継承される他力念仏の系譜をふまえ、法然の教えを真宗(真の宗教)と呼んで継承した。法然往生(没)後の弟子たちによる本願・念仏に対する解釈の違いから、浄土宗西山派などからの批判を受けたが、親鸞としては法然と同じ流罪(るざい)を経験した自分こそ、法然の真の継承者という自負があったと言われる。しかし形としては浄土宗からの離脱を余儀なくされ、当時の仏教界においては無名の存在であった。越後流罪後(承元の法難)に関東を拠点に布教を行ったため、関東に親鸞門徒が形成され親鸞の往生(没)後一派となっていく。親鸞の教えを継ぐ者には自らの教義こそ浄土への往生の真の教えとの思いはあったが、浄土真宗と名乗ることは浄土宗の否定とも取られかねないため、当時はただ真宗と名乗った。

他の仏教宗派に対する浄土真宗の最大の違いは、僧侶に肉食妻帯が許される、無戒であるという点にある(明治まで、妻帯の許される仏教宗派は浄土真宗のみであった)。そもそもは、一般の僧侶という概念(世間との縁を断って出家し修行する人々)や世間内で生活する仏教徒(在家)としての規範からはみ出さざるを得ない人々を救済するのが本願念仏であると、師法然から継承した親鸞が、それを実践し僧として初めて公式に妻帯し子を設けたことに由来する。そのため、浄土真宗には法脈(師弟関係)と血脈の2つの系譜が存在する。与えられる名前も戒名(かいみょう)ではなく法名(ほうみょう)と言う。

-真宗十派(真宗教団連合)-
浄土真宗本願寺派
・本願寺(通称 西本願寺)(京都市下京区)   末寺数 10,497
真宗大谷派
・真宗本廟(通称 東本願寺)(京都市下京区)  末寺数 9,804
真宗高田派
・専修寺(三重県津市)    末寺数 643
真宗興正派
・興正寺(京都市下京区)  末寺数 486
真宗佛光寺派
・佛光寺(京都市下京区)  末寺数 390
真宗木辺派
・錦織寺(滋賀県野洲市)  末寺数 250
真宗誠照寺派
・誠照寺(福井県鯖江市)  末寺数 80
真宗出雲路派
・毫摂寺(福井県越前市)  末寺数 67
真宗三門徒派
・専照寺(福井県福井市)  末寺数 41
真宗山元派
・證城寺(福井県鯖江市)  末寺数 21

-その他の宗派-
浄土真宗東本願寺派 
・東本願寺(東京都台東区) 末寺・崇敬寺院数 324
真宗浄興寺派
・浄興寺(新潟県上越市)  末寺数 12
原始真宗
・願入寺(茨城県東茨城郡)
浄土真宗別格本山(単立)
・西念寺(茨城県笠間市)
弘願真宗
・聖玄寺(福井県福井市)  末寺数 8
淨土真信宗浄光寺派(浄土真宗淨光寺派)
・浄光寺(福岡市東区)   末寺数 5
真宗北本願寺派
・北本願寺(北海道小樽市) 末寺数 3

-浄土真宗系新宗教-
・浄土真宗親鸞会
・浄土真宗一の会
・カヤカベ教
・仏眼宗
・真宗長生派
・浄土真宗同朋教団
・仏教真宗
・門徒宗一味派
(引用文献:ウィキペディア)

「日本沈没まで、あと86日」

No comments: