Wednesday, November 15, 2006

ひとりごとⅡ③

新聞に折り込まれてくる区報に、来春からの保育園入園案内の記載があった。そこに、「保育園は、保護者が仕事・病気・障害などのために昼間お子さんを保育できないとき、保護者に代わって保育する施設です」とある。私も小学校に上がる前は保育園に通っていた。今からすると、保育園は小学校の前に通う一つの学校だったのではないかと思える。当時の私の親からすれば、自分が働く留守の間に子供を預かってくれる施設がまさにここで言う保育園だったのだろうが、通ってる当時の自分はきっと学校のようなものと思っていたに違いないのだ。

未履修、いじめ、子供を巻き込む事件・事故、さらには親による子供の虐待と、幼い子供から社会に出る手前の高校生まで可哀想と思える事柄が今の時代には溢れている。その中でも特に信じ難いのが、親による子供の虐待である。自分の子供を可愛がるどころか、何故に暴力を振るったり、食事を与えなかったりできるのだろう。挙句の果てに自分の子供を死なす親まで居る。動物の親でさえ、自分のことよりも一番に自分の子供の為にと、自分が獲ってきたエサを自分の子供に与える。ヒトもそういった営みを古来より続けてきたはずなのである。大切な何かが欠けてきているのは確かなことのようだ。命を大切にする、個人を尊重するなど、まともな価値観を備えた大人もたくさん居るのだが、現にこうした親も実在する。そういった親を育ててきてしまった親やその社会が先頭になって、この罪の無い可哀想な子供達を守らなければいけないのではないか。国の未来を支えるのは子供達である。そして、その子供達は個々に尊重され、平等に愛されるべきである。親が何者だか、肌が何色だか、そんなことは子供達には何ら関係ない。

また、現代社会では小学生さえもがテレビゲームに留まらず、パソコンや携帯電話などの電子機器を扱うようになった。学校や家庭で、子供達が生きていく上で必要なものをある程度教わる前に、親や教師の目が行き届かない世界に入って行ってしまっている。モノが豊かになってしまったことについては今さら何もできない。

これらの問題解決の為に、公共教育の場を広げてみたらどうだろうか。そういった親の再教育や、特に今の幼稚園と保育園を一元化して義務教育にする。そういった施設が子供達を親から一旦離し、幼稚園教諭や保育士など善意の第三者が保育をしながら、子供達の健康状態なども観察する。定期的に子供達の栄養状態や身体のアザ、傷などをチェックする。
いくらなんでも2,3歳の子がパソコンで「キタ━━━━(゚∀゚)━━━━━!!!」とか、携帯でメールを打ったりはしないだろう。学力向上を考える前に、今の時代には先ず何が必要なのか、様々な調査や検証の末に、今一度考え直さなければならないだろう。

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